(歴史)
親鸞の娘、覚信尼と門弟たちが親鸞の墓所として、京都の大谷に廟堂を建てた。こ
こを守る留守職が設けられ、本願寺の源流となったのである。ところが、教団内部で
は相続について問題が勃発した。門弟
たちと覚信尼の孫、覚如が対立し、覚如が廟堂を本願寺という寺号にして独立して
しまう。本願寺はその後、八世蓮如、十世証如と名僧を輩出したが、顕如の代に分
裂してしまう。秀吉の援助のもとに1591年、第十一世顕如が京都堀川(現在の西
本願寺の地)に本願寺を建立し、長男教如が後を継いだ。しかし、翌年、教如は弟
の准如に譲って引退。1602年、家康の援助を受けて、現在の本願寺を建立する。
これによって、現在の西本願寺(西本願寺派)、東本願寺(大谷派)
が誕生する。これらはともに親鸞の血統を受け継いでいる分派である。ほかに門弟
たちが築いた高田派、興正派、仏光寺派、木辺派、
出雲路派、山本派、誠照寺派、三門徒派などが誕生した。
ご本尊・阿弥陀如来/宗祖・見真大師親鸞聖人
総本山・真宗本廟/東本願寺派
(京都市下京区鳥丸通七条上ル常葉町754)
浄土真宗(東)
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