(歴史)
日蓮は貞応元年(1222)安房国(千葉県)に生まれ、12歳で天台宗清澄寺に入り
、12歳で得度します。21歳の時に比叡山へのぼると膨大な書物を読破しながら、
教えを求めて園城寺、高野山などへも訪れます。こうした修行を11年間続け、つい
に、「お釈迦さまの最高の教えである『法華経』こそが、救いのよりどころとなる唯一
の経典である」という確信を得ました。清澄寺に戻った日蓮は、建長5年(1253)清
澄山頂に登って「南無妙法蓮華経」の題目を高唱し、立経を宣言します。その後、
「法華経を広めようとする行者は難にあう」という法華経自体に書かれている予言
道り、「松葉谷の法難」「小松原の法難」など数々の難に遭い、死の危険にさらされ
ることになります。「社会に天災や疫病などが続くのは邪法・悪法がはびこっている
からだ。法華経信仰によって国土の安穏をはからなければならない」と説いた『立
正安国論』を執権北条時瀬に提出すると、その内容を幕府に危険視され伊豆に流
罪(伊豆の法難)。さらに「龍の口の法難」では斬殺寸前となりますが稲妻によって
奇跡的に逃れ、佐渡に流罪となります。文永11年(1274)ようやくゆるされた日蓮
は身延山に入り、61歳で生涯を閉じるまで著者と後進の育成につとめたのです。
(山梨県南巨摩郡身延町)
宗祖・日蓮大聖人/総本山・身延山久遠寺
日 蓮 宗
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